わたしはゴロッと仰向きに寝転んで、猫を顔の上へあげてくる。

二本の前足を掴んできて、やわらかいその蹠(あしのうら)を、一つずつ私の眼蓋にあてがう。

快い猫の重量。温かいその蹠。私の疲れた眼球には、しみじみとした、この世のものでない休息が伝わってくる。

仔猫よ!後生だから、しばらく踏み外さないでいろよ。お前はすぐ爪を立てるのだから。

梶井 基次郎  『愛撫』より 

「猫」

蹴っ飛ばされて

宙に舞ひ上り

人を越え

梢を越え

月をも越えて

神の座にまで届いても

落っこちるというふことのない身軽な獣

高さの限りを根から無視してしまひ

地上に降り立ちこの四つ肢で歩くんだ。

                    山之口 貘 『思弁の苑』より

オルフェ様のお供の衆」

僕は持ちたい、家の中に、

理解のある細君と、

本の間を歩きまはる猫と、

それなしにはどの季節にも

生きて行けない友だちと。

              アポリネール『動物詩集』より 堀口大學訳

 「女の姿態に就いて」

魅惑的な、かつ美をかたちづくる姿態に、次の如きものがある。

すれっからしな姿態、

屈託した姿態、

軽はずみな姿態、

不貞くされた姿態、

冷たい姿態、

己が心の中に見入った姿態、

尊大な姿態、

強情な姿態、

意地わるげな姿態、

病的な姿態、

子供らしさと、だらしなさと、そして幾らか狡猾げなところのまじった猫のような姿態。

ボードレール『覚書』より 河上徹太郎訳